お金は汚いものなのか、それとも神聖なるものか

お金というものは一体なんなのだろうか。人を変えてしまうもの、それとも人の望みを叶える魔法のエネルギーを持っているものだろうか。お金は人間の行動の幅を広げてくれる。そう言った意味で人間の道具であり、人間の味方であるといえる。しかし人間の味方の面だけでなく、人間の命を奪ってしまうこともある。お金が理由で戦争が起きた事は、歴史を振り返ってみると一目瞭然である。それではお金は汚いものなのか、そんなものはないほうが良いものなのか、というとそうとも言えない。何故なのかというと、人間は何かを信じていないと生きていくことができない。それは人間が宗教というものを使って広く生きているところを見れば納得のいくことである。宗教を信じる、神を信じるというのは本当にそういうことではなく、生きるということに意味を見出せるという強いエネルギーをもっているからである。そこにお金と共通点を見出すことができる。神はあらゆる事をしたと色んな宗教では伝えている。人知の超えたものから、人間でもできそうなことまで。お金も同様である。信用の高いお金はあらゆることを成し遂げ、時には人知の超えた様な出来事を社会ごと起こしてしまう。そこには人間一人が想像できることを超えたものが内在してるといえる。つまりお金というものは生きる糧の一つであり、お金が無くなったとしてもまた違う似た何かが生まれてくるのである。お金が汚い、お金が神聖、お金を持つべきか持たないべきか、という話ではなく、人間が人間たることそれによってお金や神というものが存在するのである。つまりお金をどうこういう事はナンセンスであるということである。お金を汚いと考える前に、自分が今したいことはなにか、お金を使ってしたいと思っている事は何かそれを自分の生きる道に沿っていると思えば人間らしく生きることができているのではないだろうか。それを使って人間全体をより良い未来に導ければと思う。