お金持ちになる方法というものはこの世に存在するのか

お金持ちになる方法は果たしてあるのだろうか、多くの人間がそのような欲望を抱いてきた。お金持ちという概念ではないかもしれないが太古から人間は同じ動物として変わっていない分けだし、欲望を同じだけ持っているはずである。それだけ人間が欲望を抱き富を得たい、欲望を満たしたいと思っているのに関わらずそれが果たせていないのは何故か、それはそのような方法は明確に話せるものではないからである。何故か、それは時の流れがあるからである。同じ動物、同じ場所でもその空間は違う。つまり同じ概念というものは通じないのである。いくら先人達がこの方法が良いと教えてくれたとしてもそれは今の私たちには全く同じ方法では役に立たないのである。それでは今までの歴史というものは全て無駄だったのかというと、そうではない。その螺旋状につづいていく歴史というものが、人間にとって同じなようで同じではないということを教えてくれる。違う場所、違う空間でも共通点があったりする。中国の皇帝が書いた政治の本を日本の将軍が参考にして政治を実際に上手くやったりとか、宗教が時を超えて人間に浸透している、それは何か共通の事柄が人間には存在しているからである。その根幹の部分に人間の欲望も勿論存在する。つまり人間の欲望を構成しているある程度の共通点はあるものなのだ。それをうまく見つけることができた人、かつそれを実行に移せる人、それが世間一般で言う成功というものなのだろうと感じる。人間の欲望は果てしない。その欲望の中にお金があり、時には一人の人間の生命よりも重くなる時がある。しかしそこで忘れてはならないのはそのお金を生み出したのは人間で、お金を欲しいと思っているのはその人間の心なのである。お金持ちになりたい、と思うまえに一歩立ち止まり、自分の人生を振り返るとまずその欲望を満たす前に見えてくるものがあるはずだ。それが今までの先人達が教えてくれる価値のあるものだと思う。